第1回体育授業研究会webinarが開催されました。

第1回 体育授業研究会Webinar 報告

   体育授業研究会 研究委員長 鈴木 聡

■はじめに

 新型コロナウィルス感染拡大で世の中が大きく変わりました。同時に、オンラインの急速な一般化に伴い、Webを利用した研究会が普及しました。本会においても、「子どもたちだけではなく私たちの学びも止めない」を合言葉に、8月29日(土)第1回体育授業研究会Webinarを開催しました。参加者は申し込み締切り前に定員100名に達し、大盛況となりました。今回の研究テーマは、「私が考える体育の認識学習」です。Withコロナにおける体育学習や行事についての情報交換を求める声もあったかもしれません。しかし、研究委員会では、研究テーマ「体育の認識学習を考える」を追究しようと合意形成しました。

■Webinar内容から

 冒頭の会長挨拶では、岩田会長から「認識学習」について、歴史的背景や体育科教育分野における議論の一端を紹介していただきました。続いて、お二人の先生方から情報提供をしていただきました。
 三本雄樹先生(新潟市立小針小学校)は、1年生マット運動遊びの実践です。三本先生は、低学年の認識を生活科における「気付き」をヒントにして捉えました。生活科では、「気付きは確かな認識へとつながるものであり、知識及び技能の基礎として大切なもの」と定義されています。「気付きの質」を高めるために表現する活動を重要し、「できたメーター」を取り入れたOPPシート(一枚ポートフォリオ)で子どもたちに学びの履歴を記述させ、自己対話をさせることをねらいました。授業では、壁登り逆立ち、前転がり、指示での川跳び、腕立て横跳び越し、後ろ転がりを扱い、子どもたちに動いてみてわかった「気付き」を記述させ、全体で交流することを繰り返しました。シートには、「はんたいのでんぐりがえしでおしりをあげたらちょっとだけできた」「うしろまわりができるようになった。おしりをおくにするとできるようになった。まわっているときにてをひらくとまわれなくなる」「さいしょからあしをひろげているとまわれないよ」等々記されていました。言葉や文を書くこと自体を学び始めたばかりの一年生が、自分の「気づき」を言葉で書き表していく姿に驚くとともに、内観の表出の可能性が示唆されました。
 久我隆一先生(調布市立八雲台小学校)は、身体についての認識に焦点を当てた4年生マット運動の実践「技のしくみの謎を解け!~ふたつのちがいはどこにある?」です。久我先生は、「普遍的な技術ポイントのような情報だけでは、できることにはつながらない」と主張しました。「自分なりのコツを見つける」のような、内観としてわかることが大事だと捉えています。「外言」である「情報」と、「内言」である「感覚」を往還することで、できることにつながると考えています。身体のコントロールの方法を他者との対話、自己内対話を通して「わかり、できるようになる」という道筋を子どもたちの対話の事実から丁寧に紹介いただきました。また、現在担任をしている2年生の子どもたちとの実践報告も加えてくださいました。「長く片足立ちをする方法」を巡る身体との対話を言語化した実践で、コロナ禍で工夫して行われたものです。ここでも、内観を大事にする主張が込められていました。子どもたちが試して感じたことを記述している内容を見ると、感じ方はそれぞれであっても「軸足を定める」「腕の位置を定める」「目線を定める」のように「定める」ということは共通しているという考察を共有していくところなど、子どもたちの理解を促していく手立てが見えて示唆に富むものでした。
 10分間の休憩後、全体でディスカッションを行いました。須甲理生先生(日本女子体育大学)の進行で、活発な議論が展開しました。さらに、5名程度のグループで行ったブレイクアウトセッションも大いに盛り上がったようです。私も本部からいくつかのセションを訪ねさせていただきましたが、いずれも大変活発に意見交換が行われていました。全てを網羅できませんが、私の視点から議論をまとめてみたいと思います。
 内観を表現することの効果と難しさ、他者との共有の大切さとその後の自己内対話の意義、発達段階との関係等、いくつかの論点が出されました。特に、「感じ方は人それぞれであり、条件によっても違う。それを他者と共有するのは難しい」という意見には、なるほどと感じました。普遍的な「知識」を教師がどのように選んで提示するのかということや、各自の様々な感じ方からある程度の共通項を見つけ出すということも、教師の手立てとして重要であると思われます。そして、それを子どもたちひとり一人がどのように引き取っていくのか、その上で個人の感じ方や気づきがどう生成され、動きにつながっていくのか。三本実践も久我実践も、この部分を丁寧に取り上げて光を当てたのだと思います。各自が内観を表出し、他者との対話を通して共有し、再び各自が「こうすればこうなるんだ」という理解を身体で試しながら更新し、深めていく。そして、動きが高まったり、技能が向上したり、動くことがより楽しくなったりしていく。このような学習過程のプロセスが、認識学習を考える上で重要な視点のひとつなると捉えることができるのではないかと感じています。
 今回の議論から、普遍的な技術を媒介にして「自己が感じたこと」を言葉に表出したり他者とコミュニケーションを取ったりする対話を経て、再び自己内対話を行いながら技術が技能として身体に入っていくようなプロセスが、認識学習の一つのイメージである気がしています。他者との対話や全体での共有を自己がどう引き取るか、そのことが「よりよく動く」「できるようになる」ということにつながっていくのか、今後さらに追究していきたいと考えます。終盤は、「マットを教える(学ぶ)のか」「マットで教える(学ぶ)のか」「いずれにしてもその対象は何か」という教科の本質論についても話題が及び、2時間半のWebinarが終了しました。

■ネクストプラン

 事後のアンケートでは、認識、認知、知識の概念整理や思考・判断等との関係の明確化、身体知を追究する必要性など様々な視点からご意見をいただきました。「認識学習」についてこう考える、というご意見を多数いただくことができ、貴重な研究推進の資料となりました。歴史的に見た認識学習の議論の中で今回の実践がどう位置付きどんな役割があるのかを考えてみることが必要だとのご意見はその通りだと思います。推進の視点とします。また、認識学習の重要性と体育の果たすべき役割との関係を確認しておくべきだという趣旨のご意見は、本研究を進めていく上で重要な点であると捉えていきます。
 運営の部分では、ブレイクアウトセッションの時間がもう少し欲しい、その際にファシリティターがいるといい、議論するテーマをもっと絞った方がよい等のご意見もいただきました。研究委員会で検討を重ね、みなさんに提案していきたいと思います。全体として開催を歓迎して下さる声が多く、次回への弾みとなりました。ありがとうございました。

■主義主張を超える

 このコロナ禍で生活は一変し、当たり前だった前提が崩れました。しかし、少し立ち止まることで、じっくり考える機会を得たという見方もできます。「私たちの学びも止めない」には、転んでもただでは起きないという意気込みに加えて、「足元を見て着実に進もう」という魂を込めたつもりです。コロナ禍前の世の中はものすごいスピードで展開していました。教育界においても新しい用語が立ち並び、近未来志向の視点もたくさん出てきています。そのような中で、体育科の「認識学習」について歴史的背景を踏まえ、概念を整理し、知識や技能、思考力判断力表現力との関係、学びに向かう力、人間性等との関連を検討しながら「認識の対象は何か」「学び手にとって認識学習はどんな意義や価値があるのか」等について実践を通して検討していくことは、「体育科は何を学ぶ教科なのか」という問いに正対することにも繋がり、今まさに必要なことだと捉えています。本会は、主義主張を越えてよい授業を追究するという理念を大事にしてきました。会に参画する全ての方々それぞれに授業に対する「主義主張」や「信念」、「思い」があるからこそ、それを交流しながら「超える」ことが実現するのだと思います。「私はこう考える」「こういう実践をしたがどうだろうか」という発信をしていただきたいと思います。その実践を丁寧に検討し合いたいと思います。会員のみなさんにとって、相互に啓発し合える会になるように推進をしていく所存です。第2回Webinarは10月31日(土)に開催予定です。ぜひご参加ください。お互い、学び続けましょう。